第2回
定年前後の労働者が後悔しないために

公開日: 2016年8月29日月曜日



定年前後の年代が最も後悔していること


◯驚きの結果が出たPRESIDENT誌の調査


 定年前後の労働者が、健康について最も後悔していることは何か、ご存知でしょうか?

 少し前に話題になりましたが、2012年11月号のPRESIDENT誌で、「リタイア前にやるべきだったと後悔していること」に関する特集が組まれていました1)
 この特集では55〜74歳の男女1,000人に対してWeb調査を実施し、リタイア前にやるべきだったと後悔していることを「健康」や「お金と暮らし」、「仕事と人間関係」の3つのジャンルに分けて調べていました。

 そのときの健康に関する後悔の第1位が、なんと「歯の定期検診を受ければよかった」だったのです。

 それも、「スポーツなどで体を鍛えればよかった」、「日頃からよく歩けばよかった」、「たばこをやめればよかった」などの生活習慣病対策を抑えての第1位です。

 定年前後の年代になると、いかに多くの人が口腔の健康状態が悪化して困っているのか、はっきりとわかる結果でした。

runking
PRESIDENT Online:「リタイア前にやるべきだった……」後悔トップ20 【2】健康 (http://president.jp/articles/-/12332 )より引用改変


◯筆者も独自に調査してみました


 実はPRESIDENT誌の調査には欠点があり、調査対象者の年齢階級別の回答者数の分布や職業、現役の労働者か否か、などの属性が示されていませんでした。そのため、データの詳細についてPRESIDENT誌に問い合わせたのですが、「公表されていることがすべてです」とのつれないお言葉が返ってきました。

 そこで、私も同様な調査を計画して、会社を退職した60〜70歳代の男性206名(60歳代103名、70歳代103名)を対象にWeb調査を実施したところ、やはり健康に関する後悔の第1位は「歯の定期検診を受ければよかった」だったのです2)

 なぜ、このような結果になったのでしょうか?
 それには、「産業保健における歯科保健の位置づけ」が大きく影響していそうです。


産業保健における歯科保健の位置づけ


◯What’s 産業保健?


 産業保健……ちょっと聞き慣れない言葉かもしれません。ここで少し解説いたします。 

 産業保健とは、産業医学を基礎として、働く人々の生き甲斐と労働の生産性の向上に寄与することを目的とした活動のことで3)、職域における労働者の健康管理、作業環境の維持管理、衛生教育などが含まれています4)

 特に労働者の健康管理については、労働安全衛生法により健康診断を行うことが規定されており、事後措置として就業上の勧告や医療の指示、保健指導や衛生教育などを行うことになっています5)


◯歯科保健は厳しい立場に置かれている


 ここまで読むと、産業保健はとてもすばらしい活動(制度)のように見えますが、私たち歯科医療従事者からすると大きな問題が1つあります。
 産業保健にて行われる健康診断の中には、一般の歯科健康診断の実施は含まれておらず、酸蝕症などの特殊健康診断が実施されるだけなのです6〜8)

 そのため、海外では歯科保健が公衆衛生の重要なテーマとされている9、10)にもかかわらず、わが国では職域における健康診断から事後措置の流れにのりにくいのです。
 当然、職域の保健活動に歯科保健が取り入れられる機会は必ずしも多くありません。

 また、現在の職域における保健活動は、メタボリックシンドローム、喫煙、メンタルヘルスなどへの対策が主流です。これらの保健活動についても、歯科医師や歯科衛生士がそれぞれの立場から補完できる部分があるのですが11)、歯科医師や歯科衛生士が他職種と協働して参画することは比較的少ない傾向にあります。

 このように、現在の産業保健の枠組みの中では、労働者が歯科保健に触れる機会はそれほど多くありません

 しかし、定年前後になって、「歯の定期検診を受ければよかった」と後悔する労働者が多くなることが明らかになってきているのであれば、労働者に対する歯科保健対策を真剣に考える時期に来ているように思います。
 労働者に提供されるべき歯科保健情報が労働者にきちんと届くように、歯科保健に触れる機会もできるだけ増やす方略を考えるべきです。


労働者に歯科保健情報を確実に届けるには?


◯多職種連携によって、歯科保健情報の共有化を


労働者それぞれに歯科保健情報を提供するには、具体的にどのような方略が考えられるのでしょうか?
 そのひとつとして、産業保健における多職種連携に歯科も参画して、労働者だけでなく他の保健医療職にも歯科保健情報を提供することがあげられます。
 産業保健に関わる職種間で歯科保健情報を広く共有したほうが、労働者にとって必要な情報が伝わりやすくなることが考えられるからです。

 最近、日本産業衛生学会関東地方会では、多職種連携若手の会が活動を開始しました12)。産業医、保健師以外にも歯科医師、衛生工学衛生管理者、臨床心理士、管理栄養士、理工系技術者などが世話人となり、産業保健における新しい連携のあり方について検討を始めたところです。
 今年の1月には東京慈恵会医科大学において第一回参加型研究会を開催したのですが、産業保健に関わる多様な職種から32名もの参加がありました。
 「多職種連携に期待されること」をテーマした自由討論では、歯科になじみのない参加者も多く見られましたが、それぞれの職種の特長や強みを参加者間で共有したことにより,歯科を含めた多職種連携が新たな産業保健の展開につながる可能性を実感することができました。
 この研究会は産業保健活動に関するテーマを決めて、今後も定期的に開催予定です(次回の参加型研究会は、「多職種連携で実現する快適職場」をテーマに10月8日に開催されます)。

gakkai

◯定期歯科受診が果たす役割は大きいが……


 つぎに、歯科健康診断や歯科受診などの機会をきっかけとして、労働者が定期歯科受診などの健康管理をしっかり受けられるように、歯科医師や歯科衛生士がサポートしていくことも考えられるでしょう。

 人生のうち、労働者として働く期間は非常に長期にわたります13)
 生活習慣病の好発年齢がこの期間に含まれることからも、長期的な視点に立って、労働者の口腔の健康を守るためにできることを提案する必要があります。

 とはいえ、なかなか定期歯科受診を推進することも難しいのが現状のようです。なぜなら、日本の労働者の働きかたや労働環境が大きく変化しているからです。

 少子高齢化が進んでいる現在の社会情勢では、生産年齢人口の減少や高齢者に対する社会保障負担の増加が既定路線です14、15)
 このままでは経済の活力が低下する可能性が高いことから、より多くの高齢者や女性、外国人労働者が労働市場へ参入することが求められています。つまり、今後のわが国では全人口に占める労働者の割合が高くなる可能性があり、今まで以上に労働者に対する健康管理が果たす役割が大きくなることが予想されます

 たとえば、高齢の労働者や女性労働者の雇用形態は、パート、アルバイト、派遣社員等の非正規労働者の比率が高いことが知られています。
 平成27年版(2015年版)の「国民生活基礎調査の概況」の結果によれば、女性労働者の半数以上の56.5%が非正規労働者です。男性労働者は25~59歳では正規労働者が8割以上ですが、60~64歳の年齢階級から非正規労働者が53.0%に急増しています16、17)

 非正規労働者は雇用が不安定で賃金も正規労働者より低いことがさまざまな調査から明らかにされていますが18〜20)一般に労働者の収入が低くなると定期歯科受診者の割合も低下する傾向にあることがわかっています21)

 また、近年話題となっている働き方・雇用の多様化(ダイバーシティ)22)が、定期歯科受診をはじめとする健康管理方法に影響する可能性も考えられます。
 
 今後、労働者の健康管理を適切に行うためには、それぞれの労働者の働きかたや労働環境をより深く知る必要が出てくるかもしれません。


参考文献
  1. PRESIDENT Online:「リタイア前にやるべきだった……」後悔トップ20【2】健康.http://president.jp/articles/-/12332 (2016年8月1日最終アクセス)
  2. 大山篤,安藤雄一,澁谷智明,藤田雄三,須永昌代,木下淳博:退職者の口腔保健に対する意識と現在の歯科受診状況.第25回産業医・産業看護全国協議会抄録集P16
  3. 産業医学振興財団:産業医学とは.http://www.zsisz.or.jp/insurance/2010-03-27-06-05-14.html (2016年8月1日最終アクセス)
  4. 独立行政法人労働政策研究・研修機構:労働問題Q&A  8.安全衛生・労働災害  Q1労働安全衛生法の基本的な仕組みを教えてください。http://www.jil.go.jp/rodoqa/08_eisei/08-Q01.html (2016年8月1日最終アクセス)
  5. 堤 明純:健康管理.産業保健マニュアル(和田攻 監修).第6版1刷,南山堂,東京, pp155-214,2013.
  6. 厚生労働省:労働安全衛生法に基づく健康診断を実施しましょう.http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000103900.pdf (2016年8月1日最終アクセス)
  7. 奈良県歯科医師会:歯牙酸蝕症検診.http://www.nashikai.or.jp/hm/itumo_e.html (2016年8月1日最終アクセス)
  8. 一般財団法人 日本予防医学協会:歯科医師による健康診断.https://www.jpm1960.org/shien/sangyohokenyakudatsu_201106_1.html (2016年8月1日最終アクセス)
  9. Daly B, Batchelor P, Treasure ET, Watt RG : Essential Dental Public Health. 2nd edition, Oxford, Oxford University Press, 3-13, 2013.
  10. 相田 潤:口腔保健と歯科疾患の重要性を明確化する.ヘルスサイエンス・ヘルスケア 2013;13:86-87.http://www.fihs.org/volume13_2/letter1.pdf (2016年8月1日最終アクセス)
  11. 安藤雄一:平成26 年度厚生労働科学研究委託費(循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業)総括研究報告書「生活習慣病の発症予防に資するための歯科関連プログラムの開発とその基盤整備に関する研究」.生活習慣病の発症予防に資するための歯科関連プログラムの開発とその基盤整備に関する研究(H26 -循環器等実用化-一般- 022 http://www.niph.go.jp/soshiki/koku/oralhealth/kks/main/document/report1.pdf (2016年8月1日最終アクセス)
  12. 日本産業衛生学会関東地方会 多職種連携若手の会.https://sites.google.com/site/ohrenkeiwakatenokai/ (2016年8月1日最終アクセス)
  13. 日本歯科医師会監修:歯科医師のための産業保健入門, 第6版,11-13,財団法人 口腔保健協会,東京,2010.
  14. 尾畠未輝:減少する労働力 ~求められる均衡失業率の低下~.三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査と展望No.23. http://www.murc.jp/thinktank/economy/analysis/tenbou/tenbou_150615.pdf (2016年8月1日最終アクセス)
  15. 小清水世津子:女性雇用をめぐる問題.参議院  http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/keizai_prism/backnumber/h18pdf/20062001.pdf (2016年8月1日最終アクセス)
  16. ガベージニュース:男性21%・女性57%は非正規…就労者の正規・非正規社員率をグラフ化してみる.http://www.garbagenews.net/archives/1954673.html (2016年8月1日最終アクセス)
  17. 厚生労働省:平成27年 国民生活基礎調査の概況. http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa15/index.html (2016年8月1日最終アクセス)
  18. 総務省統計局:労働力調査(詳細集計)平成27年(2015年)平均(速報).http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/dt/pdf/index1.pdf (2016年8月1日最終アクセス)
  19. 厚生労働省:平成27年賃金構造基本統計調査 結果の概況.http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2015/ (2016年8月1日最終アクセス)
  20. 厚生労働省:平成26年就業形態の多様化に関する総合実態調査の概況.http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/keitai/14/ (2016年8月1日最終アクセス)
  21. 石田智洋,安藤雄一,深井穫博,大山篤:インターネットリサーチによる歯科定期受診行動に関わる要因についての調査.厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)「歯科疾患等の需要予測および患者等の需要に基づく適正な歯科医師数に関する研究」平成22年度 分担研究報告書.http://www.niph.go.jp/soshiki/koku/oralhealth/juq/jyukyu/docu22/docu22_15.pdf (2016年8月1日最終アクセス)
  22. 日本の人事部:人事マネジメント「解体新書」 第二回 いま求められる「ダイバーシティ・マネジメント」https://jinjibu.jp/article/detl/manage/178/1/ (2016年8月1日最終アクセス)
  • ?±??G???g???[?d????u?b?N?}?[?N???A

0 件のコメント :

コメントを投稿