第3回
歯科は労働者の禁煙支援に適している

公開日: 2016年9月26日月曜日




喫煙の健康影響とは



 先日、厚生労働省から「喫煙の健康影響に関する検討会」の報告書が公表されました1)
 新聞等でも最終報告書が公表される数日前から、報告書案の概要が報道されており、喫煙の健康影響への関心の高さがうかがわれます。

 この報告書では、主にたばこ製品の現状や健康への影響、たばこ対策などが扱われています。
 特に健康への影響については、報告書末の表に疾患の分類ごとにたばことの因果関係がまとめられており、因果関係の判定結果が示されていました。
記載されている疾患の分類を見ると、タバコの影響は全身的にかなりの広範囲にわたっています。


たばこと疾患等との因果関係の判定結果(参考文献1)の報告書より一部抜粋)



 この表には、もちろん歯科関連の疾患についても記載があり、歯周病(レベル1:十分)、う蝕(レベル2:示唆的)、口腔インプラント失敗(レベル2:示唆的)、歯の喪失(レベル2:示唆的)などの因果関係が示されています

 いずれも日常の歯科診療に関係が深いものばかりで、喫煙対策が全身の健康だけでなく、口腔保健を推進するためにも重要な役割を果たすことがわかります

 今回は、歯科が労働者の禁煙支援に適していることについて、話題にしたいと思います。



日本の喫煙率の現状は?



 現在の日本における喫煙率をご存知でしょうか? 

 日本の喫煙率データは、厚生労働省の国民生活基礎調査や国民健康・栄養調査が国の代表値としてよく使われています。

 平成25年の国民生活基礎調査によれば、現在習慣的に喫煙している者(毎日吸っている+時々吸う日がある)の割合は21.6%(男性33.7%、女性10.7%)です2)
 平成26年の国民健康・栄養調査でも同様の調査項目があり、現在習慣的に喫煙している者の割合は19.6%(男性32.2%、女性8.5%)となっています3)

 なお、国民健康・栄養調査の喫煙率データの推移を見ると、平成22年以降は大きな変動がなく、20%前後の割合(男性33%前後、女性は9%前後)でほぼ横ばいに推移していることが知られています。


労働者の喫煙対策は業種により差がある


 ちなみに、労働者に限定した喫煙率については、平成24年労働者健康状況調査の調査データが公表されています4)


 職場で喫煙する労働者の割合は26.9%(男性39.0%、女性11.8%)であり、国民生活基礎調査や国民健康・栄養調査と比較して、やや高めの値を示しているのが特徴です。


 産業保健では、労働者への喫煙対策が健康教育や保健指導の主要なテーマとして扱われることが多く5〜8)、日本産業衛生学会でも2003年に「働く人を喫煙と受動喫煙の害から守るためのたばこ対策宣言」を採択しており9)、労働者の喫煙率が高いのは、やや意外な結果のようにも思えます。


 しかし、平成24年労働者健康状況調査のデータをよく観察してみると、業種によって喫煙対策への取り組み方に大きな差があることがわかります。
 たとえば、受動喫煙防止対策に取り組んでいる事業所は、「電気・ガス・熱供給・水道業」(96.3%)、「教育、学習支援業」(94.8%)、「金融業、保険業」(94.7%)、「学術研究、専門・技術サービス業」(93.2%)などの業種に多く、逆に「鉱業、採石業、砂利採取業」(59.0%)、「建設業」(68.0%)、「宿泊業、飲食サービス業」(69.5%)などでは少ないです。


 従来の産業保健における喫煙対策が、業種によって奏功していないのであれば、それらの業種に対しては、従来の産業保健の枠組みを補うための方略を考える必要があるのかもしれません。



歯科は労働者の禁煙支援に向いている



 もし、職域で喫煙対策があまり進んでいないのであれば、禁煙支援に歯科保健を取り入れてみてはいかがでしょうか。
 実は、歯科は禁煙支援に向いていると考えられているのです。


その理由としては、

  • 国民の半数以上は、年に1回以上、歯科に通院している。
  • 歯科では、たばこによる口腔内への影響を直接観察できる。
  • たばこは歯科治療の予後に影響を与えることが多く、治療や健診の機会を利用して、たばこの影響を喫煙者に説明しやすい。
  • 定期歯科受診は、禁煙支援のフォローアップの機会として利用できる。
  • 一緒に通院している家族から禁煙の状況を聞くことができる。


などがあげられます10〜14)


 特に禁煙支援において、歯科医師や歯科衛生士が他の保健医療職と比べて有利なのは、定期歯科受診の機会を活用して、口腔内の状態を確認しながら禁煙のフォローアップができる点です。


 禁煙していたはずの人が再喫煙を始めてしまった場合、たばこによる歯の着色などが定期歯科受診時に観察される可能性が高くなります。
 他の保健医療職は、喫煙の痕跡を手がかりにして、喫煙状況を確認する機会には、それほど恵まれていません


 また、禁煙の継続は意外と難しく、禁煙を始めてから1年未満で挫折してしまう人が多いとされています15)
 そのため、禁煙を始めてからの定期的なフォローアップが不可欠です。


 喫煙への介入において、医療関係者によるカウンセリングは、1 回の面接時間を長く、面接回数を多く、できるだけ長期間に行ったほうが効果的であることが知られていますが16)、これも定期歯科受診のスタイルに合っています。
 定期歯科受診の機会に禁煙のフォローアップも同時に実施できれば、禁煙の強力な支援につながることが期待できます


 さらに、産業保健と協働して、産業保健現場における禁煙指導の後に、歯科が長期にわたって禁煙を支援していくような連携も考えられるでしょう。
 産業保健における喫煙率の低下にも、歯科が関与できる可能性があるのです。



歯科における禁煙支援の課題



 歯科には禁煙支援を行うために十分な条件がそろっていますが、解決しなければならない、いくつかの課題が残されています。


 現状、禁煙支援や相談を日常的に行っている歯科は限られています。
 茨城県のように禁煙支援・相談歯科医院を公表しているところもありますが17、18)、その数はまだ十分とは言えません。
 歯科医院で禁煙支援ができることが社会的に認知されるためには、全国どこであっても、歯科医院で禁煙支援が受けられるように均てん化をはかる必要があります。 


 また、歯科における禁煙支援を普及させるためには、学生教育や卒後教育でも禁煙支援に関する学習内容を充実させることが重要であるとも指摘されています11、14)。


 近年、さまざまな保健医療職が時代に合わせて、自分たちの活躍できるフィールドを広げつつあります。たとえば、看護職は「特定行為に係る看護師の研修制度」を開始しており、看護職の役割拡大を推進するための検討を行っています19)。
 歯科医師や歯科衛生士も従来の役割だけでなく、社会的なニーズに合わせた仕事を職務として取り入れていく努力をすべきです。
 社会的な要請に応えられてこそ、その専門職の存在意義が社会的に広く認められる側面もあると考えられるからです。


 さらに、喫煙対策には労働環境が大きく影響している可能性もあります20)。
 受動喫煙防止対策にあまり積極的に取り組んでいない業種では、その業種特有の労働環境が影響しているのかもしれません。
 歯科医師・歯科衛生士は禁煙に関する個人的な要因を改善する提案だけでなく、労働者が快適に働くことができる職場づくりを含めて提案できるようなスキルも習得したいところです。


参考文献



  1. 厚生労働省:喫煙の健康影響に関する検討会.http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-kenkou.html?tid=313655 (2016年9月10日最終アクセス)
  2. 厚生労働省:平成25年国民生活基礎調査の概況.http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa13/(2016年9月10日最終アクセス)
  3. 厚生労働省:平成26年「国民健康・栄養調査」の結果.http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000106405.html(2016年9月10日最終アクセス)
  4. 厚生労働省:平成24年労働者健康状況調査.http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/h24-46-50.html(2016年9月10日最終アクセス)
  5. 香川県産業保健総合支援センター:香川県内企業における喫煙対策活動実態調査に  基づくタバコと産業保健に関する研究. https://www.kagawas.johas.go.jp/researchStudy/entry-175.html(2016年9月10日最終アクセス)
  6. 日本予防医学協会:産業保健トピックス紹介 「職場における喫煙対策のためのガイドライン」の解説. https://www.jpm1960.org/public/2/6/sangyohokenyakudatsu_201202_1.html(2016年9月10日最終アクセス)
  7. 福島産業保健推進センター:職場における喫煙対策の実態調査.http://www.fukushimas.johas.go.jp/media/files/know/research/houkoku19.pdf(2016年9月10日最終アクセス)
  8. 保健指導リソースガイド:禁煙・アルコール.http://tokuteikenshin-hokensidou.jp/info/tabacoalcohol.php(2016年9月10日最終アクセス)
  9. 日本産業衛生学会:働く人を喫煙と受動喫煙の害から守るためのたばこ対策宣言.https://www.sanei.or.jp/?mode=view&cid=184(2016年9月10日最終アクセス)
  10. 石田智洋,安藤雄一,深井穫博,大山篤:インターネットリサーチによる歯科定期受診行動に関わる要因についての調査.厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)「歯科疾患等の需要予測および患者等の需要に基づく適正な歯科医師数に関する研究」平成22年度 分担研究報告書.http://www.niph.go.jp/soshiki/koku/oralhealth/juq/jyukyu/docu22/docu22_15.pdf(2016年9月10日最終アクセス)
  11. 稲垣幸司:歯科における禁煙支援の現状と役割.日本禁煙学会雑誌,2015,10:76-78.http://www.jstc.or.jp/uploads/uploads/files/gakkaisi_151221_76.pdf(2016年9月10日最終アクセス)
  12. 埴岡隆,小島美樹:歯科口腔領域への影響からみたたばこ対策の課題.保健医療科学,2015,64:495-500.https://www.niph.go.jp/journal/data/64-5/201564050011.pdf(2016年9月10日最終アクセス)
  13. 小島美樹,埴岡隆,浜島信之,雫石聰:歯科患者の喫煙への継続的介入に伴う禁煙ステージの移動.日本公衆衛生雑誌,2005,42:796-801.https://www.jstage.jst.go.jp/article/jph/52/9/52_796/_pdf(2016年9月10日最終アクセス)
  14. 日本口腔衛生学会禁煙推進委員会:歯科口腔保健領域におけるたばこ対策の更なる推進のために ─歯科医師および歯科衛生士による禁煙指導・禁煙支援の文献レビューによる今後の禁煙推進活動への提言─ .口腔衛生会誌,2013,63:453-457.http://www.kokuhoken.or.jp/jsdh/file/press/2013-63-5.pdf(2016年9月10日最終アクセス)
  15. 神戸市保健福祉局健康部地域保健課:職場におけるたばこ対策ハンドブック.平成24年,第1版.http://www.city.kobe.lg.jp/life/health/promotion/tobacco/img/hanndobukku.pdf(2016年9月10日最終アクセス)
  16. 阿部眞弓:禁煙指導法.日呼吸会誌,2004,42:607-615.http://www.jrs.or.jp/quicklink/journal/nopass_pdf/042070607j.pdf(2016年9月10日最終アクセス)
  17. 茨城県:茨城県のたばこ対策.http://www.pref.ibaraki.jp/hokenfukushi/yobo/zukuri/yobo/kinen-bunen-top/kin-en- bun-en16.html (2016年9月10日最終アクセス)
  18. 茨城県歯科医師会:禁煙支援・相談歯科医院一覧.http://www.ibasikai.or.jp/?page_id=55 (2016年9月10日最終アクセス)
  19. 日本看護協会:看護職の役割拡大の推進.http://www.nurse.or.jp/nursing/tokutei(2016年9月10日最終アクセス)
  20. Watt RG:Strategies and approaches in oral disease prevention and health promotion. Bulletin of the World Health Organization 2005,83:711-718.http://www.who.int/bulletin/volumes/83/9/711.pdf(2016年9月10日最終アクセス)
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